大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所八王子支部 平成10年(少ハ)7号 決定

少年 N・H(昭和55.12.23生)

主文

当裁判所は、平成9年9月26日にした少年を中等少年院に送致する旨の保護処分は取り消さない。

理由

一  本件立件の趣旨は、当庁書記官作成の平成10年7月2日付け保護処分取消事由発見報告書記載のとおりであるから、これを引用する。

また、本件申立事件の申立の趣旨は、少年作成の平成10年7月6日付け保護処分取消申立書記載のとおりであるから、これを引用するが、要するに、原決定書中非行事実第4記載の各非行事実(以下、右非行事実にかかる交通事故を「本件事故」という。)については、少年は自動車を運転しておらず、非行事実は認められないから保護処分の取消しを求めると言うのである。

二  当裁判所の判断

1  よって、審理したところ、一件記録によると、少年にかかる中等少年院送致の決定確定後、右保護処分継続中、A及びBは、それぞれの保護事件の審判期日において、次のとおり供述し、他の同乗者もまた、それぞれの審判期日において、本件事故当時自動車を運転していたのはAである旨供述した(以下、「Aの審判廷における供述」等という。)ことが認められる。

(一)  Aの審判廷における供述の要旨は次のとおりである。

(1) 運転者はAであった。Aは、前歴があったためその処分を恐れ、Bを捜査官憲に身代わりとして出頭させた。Bは、一旦、自分が運転者であった旨警察に申告したが、後に、自分は運転者ではなかった旨申告した。

(2) ところで、少年は、試験観察中に補導委託先を無断で抜け出しており、且つ、余罪もあって、少年院に送致されることを覚悟していた。そのため、少年が、Aの身代わりになることを申し出た。そこで、Aらが、その旨口裏を合わせ、捜査官憲に申告した。

(二)  Bの審判廷における供述の要旨は次のとおりである。

(1) Bは、Cを介して、Aから、同人の身代わりとなって本件事故当時の運転者であったと捜査官憲に申告することを依頼された。Bは、Aからの報復をおそれ、いやいや承諾し、一旦は、その旨捜査官憲に申告した。

(2) その後、Bが運転者であったことを不審に思った実父に、Bが運転者ではなかったことが知れ、捜査官憲にその旨を申し立てることとなった。

Bは、本件事故当時、アルバイトに従事しており、アリバイがあった。

(3) Aらは、Bが捜査官憲にBが運転者ではなかったことを申し立てようとしていることを知るや、Bを呼び出し、運転者をAではなく少年として申告するように申し向けた。Bは右申し出を受け入れ、少年が運転者であった旨申告した。

(三)  よって、右A及びBの審判廷における供述の信用性を検討する。

(1)Aは、自ら罪責を問われ、又は、保護処分を受ける可能性があるにもかかわらず、右供述を同人の保護事件にかかる審判廷において敢えてしていること、(2)Aの審判廷における供述は少年の保護事件における抗告棄却及び再抗告棄却後になされた審判廷におけるものであり、Aが少年の保護事件に係る少年院送致決定に影響を与えることを企図して右供述をしたとは考えられないこと、(3)Aに少年の身代わりとなる動機がないこと、(4)Aが供述を変遷させて右供述をすることとなったのは、少年が事故当時自分は運転しておらずAが運転していた旨主張して抗告したことを調査官から聞いて、これ以上嘘をとおすことはできないと考えたからだというのであって、その変遷の理由は合理的であること、(5)他の同乗者が負傷したにもかかわらず、少年のみが負傷しなかったこと、等に照らすと、Aの審判廷における供述は、自然且つ合理的であり、またその内容も具体的であって信用することができる。

そして、Bの審判廷における供述は、右Aの審判廷における供述と一致するばかりか、その内容も、Bが自分が運転していなかったことを捜査官憲に申し立てることとなった経緯等具体的で、また、A、B及び少年の立場に照らすと、合理的なものとして肯首でき、さらに、その供述の経緯及び時期に鑑みると、Bには、少年を庇って、Aを罪に陥れる動機がないことをも考え合わせると、Bの供述は信用することができる。

さらに、本件事故当時の同乗者らの供述もAの供述と一致するものであり、その供述の経緯及び時期に鑑みて、少年を庇って、Aを罪に陥れる動機がないことをも考え合わせると、右同乗者らの供述もまた信用することができる。

(四)  以上のとおり、右Aらの審判廷における供述は信用でき、本件事故当時少年が自動車を運転していたことを認めることはできず、したがって、少年が本件事故当時自動車を運転していたことを前提とする、原決定書中非行事実第4記載の各非行事実は認められない。

2  ところで、原決定中非行事実第4記載の業務上過失傷害、道路交通法違反の非行事実について認められないとしても、少年は、その他に傷害、恐喝、窃盗、公務執行妨害、業務上過失傷害の非行事実をも認められて中等少年院送致の決定を受けたものであるから、右の傷害等の非行事実だけでは中等少年院に送致するだけの要保護性に欠け、当該保護処分を維持することができないかどうかについて検討する。

少年は、中学入学後から非行化し、以後、暴走族を結成するなど不良交遊を重ねていく中で、右傷害等の非行をつぎつぎと敢行し、さらには、試験観察中に、原動機付自転車に乗車中に交通事故を起こし同乗者に傷害を負わせたほか、恐喝をするなどしたものであって、原決定当時の少年の非行の程度は相当高く、その保護環境等をも考慮するならば、少年に対しては、右傷害等の非行事実だけを基礎としても、隔離された環境における矯正教育により健全な価値観を身につけさせ、再非行を防止するため、少年院に収容する必要があったものと認められ、原決定における中等少年院送致決定を取り消し、少年をその保護処分から解放すべきものとは認められず、右保護処分を維持するのが相当である。

3  以上のとおり、前記非行事実がないことは、少年を中等少年院に送致するに足る要保護性の有無の認定には結局影響を及ぼさないものであり、したがって、本件は少年法第27条の2第1項所定の少年に対し審判権がなかったことを認め得る明らかな資料を新たに発見したときに当たらない。

よって、原決定書中非行事実第4記載の各非行事実は認められないこととするも、少年を中等少年院に送致することとした原決定は相当であると認め、主文のとおり決定する。

(裁判官 石原直弥)

編注 書記官による本件報告立件は、本件業務上過失傷害、道路交通法違反保護事件の犯人を隠避したとして、後に送致されてきた他の少年らの審判等で判明した事実に基づき行われたものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例